【ネタバレ】飛び立つ君の背を見上げる 感想

三人称中川夏紀視点

本書は『響け！ユーフォニアム』の名こそ冠しておりませんが、シリーズ恒例の「三人称単視点」で展開しています。
本書の主役である中川夏紀は、シリーズでも出番の多い重要キャラですが、「三人称単視点」の主になったことは、各種短編含めて、一度もなく、本書が初となっています。

又、中川夏紀の「中学時代～高校三年生」の期間を描いているため、久美子が3年生になる以前の内容ですから、アニメを見てから原作を読むようにしているという人にも安心して読める内容になっていると思います。

中川夏紀の視点で描かれる傘木希美、鎧塚みぞれ、吉川優子、そしてその他の人物。
黄前久美子の視点では得られなかった新たな情報の数々に興奮を抑えられませんでした。
いわゆる「南中カルテット」大好き私にとっては、まさに夢のような一冊でした。
正直、読了した今も「夢なんじゃないかこれ」と思っているくらいに、「私得」な小説でした(笑)

ネタバレあり　本編感想

①特別短編　記憶のイルミネーション

初回限定の冊子の短編。
第二話「鎧塚みぞれは視野が狭い。」で訪れる遊園地を、傘木希美視点で描写した一篇。
本編より先に読んでいます。

この短編、最初の台詞の主は吉川優子なのですが、あまりにも「優子らしすぎる」台詞に初読時は笑ってしまいました。
本編でもそうですが、吉川優子という人は鎧塚みぞれが好きすぎる(笑)。

……かつてショートヘアだったころの夏紀を懐かしむ希美。
希美の過去への後悔・懐旧の念を感じさせて少し切ない。



②プロローグ

中川夏紀らの世代の「吹奏楽部引退式」の様子が描かれています。
「吹奏楽部の副部長」という役職に名残惜しさを感じている夏紀が良いですね。

奏者として自分よりも遥かに優秀な久美子に多少のコンプレックスを抱きながらも、久美子の前では、最後まで良き先輩であろうとしている夏紀。
そして夏紀の前ではひたすらに可愛い後輩をやっている久美子。

このプロローグでさっそく本書に心を掴まれてしまいました。



③第一話　傘木希美はツキがない。

中川夏紀らの南中時代・高校1年生時代など、『響け！ユーフォニアム』シリーズ本編より過去の内容が披露された一篇。
吉川優子の趣味は君が与えたものだったのか……など初出の情報が多数。

第1巻で語られた夏紀が2学年上の上級生に対して「性格ブス」と言い放った場面がとても印象的です。
まさか「ファックサイン」まで上級生にしていようとは、中川夏紀さん、なかなかに攻撃的です。
夏紀視点のために滅茶苦茶恰好良い田中あすかと、名前は出ていませんが梨子のフォローがなければどうなっていたことか。

この篇で描かれた夏紀の希美に対する「憧れ」と「罪の意識」は、吹奏楽部を引退しても消える事はないのでしょう。
おそらく彼女たちが学生の内は、消えることはないかもしれません。



④第二話　鎧塚みぞれは視野が狭い。

本書は自分にとって「大好物しか入っていないお弁当」のような一冊ですが、とりわけこの篇は好きすぎる要素しかありませんでした。
あまりに好みの展開すぎてページをめくるのも躊躇われるけれど、先を読みすぎて手が止まらないというような感覚は久しぶりでした。

どこを切り取っても好きすぎるため、感想を書くのが難しいのですが、最大の見所は中川夏紀と鎧塚みぞれの観覧車内でのタイマントークでしょうか。

夏紀とみぞれの2人は、希美をめぐるライバルのような関係でもあり、似ていないようでとても似通った2人でもあります。
視野の狭いみぞれと視野の広い夏紀、どちらもとても愛おしい。

また、地味ながら後藤と梨子の結婚を確信している夏紀が好きです。
「木綿のハンカチーフ」から着想を得て、後藤と梨子の短編を描いた鬼畜な著者であっても、2人を別れさせたりはさすがにしないはず……？



⑤第三話　吉川優子は天邪鬼。

『響け！ユーフォニアム』シリーズの熱心な読者の方々には、正直言うまでもないと思っていますが、一つだけ言いたいのは


中川夏紀に騙されてはいけない！


本書は夏紀の「三人称単視点」で描かれているために卑下、露悪的な文章が目立ちます。
しかし、言うまでもなくそれは著者のフェイクであり夏紀のフェイクです。
夏紀は自己評価が低いので、過去の「夏紀の恰好良い場面」も、露悪的に語っていますが、本人が何を言おうと、この人やっぱり恰好良いです。

とくにシリーズの主人公、黄前久美子にとって夏紀という人は、どこまでも恰好良く優しくて、理想の先輩でした。
私は久美子と優子、久美子とみぞれ、久美子と希美、久美子と加部友恵の関係性をとても好ましく思っていますが、上級生の卒業式の際に、久美子が誰よりも夏紀を優先した事実がとても嬉しい。



⑥エピローグ

本書は上述したように中川夏紀の「三人称単視点」で描かれています。
彼女は自己評価が低く、他者から見たら恰好よく見えたりする行為も、自分はそんな大層な人間ではないと何度も卑下を繰り返しています。

そんな彼女が、高校生最後の日に、自らをどう思っていたか……。
是非ご自分の目でお確かめください(笑)。
私は、今回の結びに満足しています。

ネタバレあり　キャラクター雑感

①中川夏紀

視野が広くて頭も良いため、他者の美点を的確に見抜ける人です。
ただ、それ故に自己評価がとても低い。
これまでのシリーズでも彼女の自己評価は決して高くないことは伺えましたが、予想以上の自己評価の低さでした。

ただ、優子が本編で言っているように彼女の自己評価はあまり重要ではありません。
私は「嫉妬するしかないくらい恰好良い」じゃないかと常々思っています(笑)。


・中学時代の大縄跳びを始めとした集団生活に対する憤懣。
・一年時の吹奏楽部三年生へ見せた怒り。
・トラウマを抱えた久美子へのフォロー。
・希美に対して無神経すぎるみぞれに対する不満……etc。


夏紀が怒りを見せるのはいつも誰かのためでした。
傷ついた誰かのために憤り、行動する中川夏紀はやっぱり恰好良い、と言わざるをえません。
また、想像上の優子の彼氏にマウントをとるあたり可愛らしい部分も多く描かれていました(笑)。

田中あすか、傘木希美、吉川優子といった、リーダーシップがあって自分を引っ張ってくれるタイプの人間が好きな一方。
中世古香織や鎧塚みぞれと言った穢れを知らない無垢なタイプに若干苦手意識があるのは、彼女自身もそういう面があるからかもしれません。



②傘木希美

本書の主人公、中川夏紀にとっては、もの凄く大切な人物の1人。
吉川優子を除けば、シリーズで一番好きなキャラクターですが、本書には彼女の可能性や切なさがこれでもかと詰まっていました。

夏紀にとっての傘木希美は、鎧塚みぞれにとっての彼女と、非常によく似ているなと感じます。
夏紀とみぞれは、それぞれ全く異なる個性ですが、こと「希美」という存在を通すと、実はよく似ています。
吹奏楽をはじめたきっかけはそれぞれ希美ですし、吹奏楽部を辞めなかった理由も又、希美なのですから。

北宇治吹奏楽部の副部長と同吹奏楽部で最高の天才奏者は、傘木希美なくしては生まれませんでした。

シリーズではいつも不憫な希美ですが、本書では不憫度がいつも以上に跳ね上がっているように感じます。
とくに、尊敬している田中あすかから「軌道に乗ってから戻ってきただけのよそ者」と思われているのは正直、著者の性格の悪さがにじみ出ていると言わざるをえない(誉め言葉)。

夏紀が希美を愛してやまないのも、希美の不憫さにあるのは間違いないでしょう。
誰かのために動く夏紀からすると、こんなにも放っておけない子もいないでしょうから。



③鎧塚みぞれ

正直にいうと、これまでのシリーズで希美を好きになるにつれ、みぞれへの好感度はどんどん下がっていました。
彼女への好感度が低下していた理由は、本書の第三話で夏紀が「ちょっと苦手」と述べている内容とほぼ同一でした。
(後は優子贔屓がすぎるので、優子の熱愛する彼女に対する嫉妬もあるとは思います。)

ですが、本書では好感度が急上昇。
第二話では読んでいてぞくぞくするほど、みぞれを好きになっている自分がいました。
夏紀との観覧車でのやりとりは素晴らしかった。

「大学で彼氏ができたらどうしよう」「彼氏ができたら寝込む」。
どっかの誰かはこんな事を口にしていますが、「人たらし」なのでモテそうですね。
個人的には外国の音楽家と国際結婚しそうかなと思っています。



④吉川優子

わかっていましたけれども、ちょっと鎧塚みぞれが好きすぎです。
読んでいて何度も「おいおい」「みぞれ好きすぎるだろ」「さすがにやばいだろ」「武田綾乃正気か」とツッコミを口にしてしまいました。

まぁ、中学からの6年間にも及ぶ吹奏楽部での苦労が、みぞれの「ありがとう」一つで報われたと感じてしまうような人間なので、仕方ないのかもしれませんが……。
一年時に吹奏楽部に残った理由も、香織が2割、みぞれが8割くらいかなと本書を読んで感じます。

他者に対する情の深さは尋常ではない人ですが、本質はかなり戦略家というか、用意周到な人だと思っています。
本書の第三話で描写されている後輩の人心掌握もそうですが、「波乱の第二楽章」の演説も相当に準備や研究を重ねていたであろうことは想像に難しくありません。
それでいて、華やかな容姿、よく通る声、明晰な頭脳の持ち主です。
リーダー以外やれない人だし、やらしてはいけない人でしょう。

本書では描かれていない場面が非常に気になる人物です。
夏紀とみぞれが観覧車に乗っている際、希美と2人で何を話していたのでしょう。
あと、中学時代にトランペットパートのパートリーダーだったとか(これは予想通りでしたが)、ギター趣味は夏紀の影響だとか、初出の情報が多く動揺しています。



⑤田中あすか

中川夏紀が尊敬している上級生。
夏紀が彼女を大好きなので、本書ではとにかく恰好良い。
本書を読んでから「北宇治高校吹奏楽部、最大の危機」を読むとあすかの涙、結構くるかもしれません。



⑥中世古香織

『響け！ユーフォニアム』シリーズの問題児といえば、佐々木梓とこの人でしょうか。
私がシリーズを読んでいて「うわ、出た」と思わず口に出してしまう人物です。
ただ本書ではその問題児ぶりも控え目で、どちらかというと若井菫や三年生の間に挟まれた被害者的な印象です。



⑦吹奏楽部の2年上の先輩達

本書を楽しく面白く読んだ私ですが、彼女達の扱いは若干残念に思っています。
ちょっと愚劣で卑劣にすぎるかなという感じです。
元々そういうエピソードなので仕方ない事ではありますが。

本書の主役である夏紀はもちろん、シリーズの主要人物である優子、希美、あすかは彼女達が大嫌いですから扱いが悪いのは当然なのですが、個人的には彼女達も必ずしも悪いだけの人達ではないと思いたい。



⑧長瀬梨子

出番は少ないですが、あすかに助けを求め夏紀を上級生から救った人物。
見て見ぬふりもできたはずですが、それをしないのは彼女の善性でしょう。
優子・夏紀の代の卒業旅行での活躍エピソードはまだですか？



⑨黄前久美子

君ってこんなに可愛かったの(笑)？
夏紀からみた久美子は「誰だお前」と言いたくなるくらい可愛くて笑えました。
こんなに可愛い後輩の前では、そりゃ夏紀も恰好つけたくもなりますかね。
また、優子から部長に指名されたのは夏紀への相談がなかったことが判明しました。



⑩久石奏

中川夏紀好き好き度ではシリーズ一、二を争う彼女。
出番こそ僅かでしたが、しっかり登場しています。
次は彼女の世代が主役の話を読みたいものです。

おわりに

1年以上ぶりの『響け！ユーフォニアム』。
その上、中川夏紀視点で南中カルテット中心という内容でしたから、本当に自分得な内容で、読んでいる間は非常に幸せでした。
3月には「『響け！ユーフォニアム』5th Anniversary Disc」も発売されますのでこれも非常に楽しみです。
特に「飛び立つ君の背を見上げる(D.C.)」とか聞いたら死ぬかもしれないですね、今からちょっと怖いです。

改めて『響け！ユーフォニアム』という素晴らしい作品に出会えてよかったと思います。
すべての関係者の方に感謝したいです。